【ヒップホップ用語辞典】"ダーティ・サウス (Dirty South) とは"

今回はアメリカ南部のヒップホップである「ダーティ・サウス」(Dirty South)について解説していきたいと思います。また「ダーティ・サウス」のサブジャンルで、2000年代前半に全米で一世を風靡した「クランク」(Crunk)スタイルの音楽についても後半で解説していきます。

"ダーティ・サウス (Dirty South) とは" 

 アメリカ南部のヒップホップ・ミュージックは1990年代末に広く全米に流布し、「ダーティ・サウス」という呼称が広く使われるようになった。「ダーティ・サウス」という言葉が広く知れ渡ったのはアトランタを中心に活動しているラップ・グループのGoodie Mobが1995年に発売したアルバムSoul Foodからシングルカットされた “Dirty South”という楽曲がきっかけであると、エモリー大学のマット・ミラーは論文 “Dirty Decade: Rap Music and the U.S. South, 1997–2007” (以下 “Dirty Decade”と表記)の中で述べている。また 「ダーティ・サウス」という言葉の概念について、 “Dirty Decade”では、以下のように定義づけている。

 The concept of the Dirty South as elaborated by the Goodie Mob and other rappers and producers in several of the major cities of the South was complex, contradictory, and multidimensional. This multidimensionality encompassed ideas of a racist, oppressive, white South historically continuous with slavery; a 'down-home' black South marked by distinctive speech and cultural practices; a sexually libidinous South; a rural, bucolic South; a lawless, criminal South; and a sophisticated urban South.

 「Goodie Mobや、他の南部の主要都市のラッパーやプロデューサによって生み出された「ダーティ・サウス」という言葉の概念は複雑で、矛盾を含み、多面的であった。この多面性にはアメリカ南部において奴隷制度の頃から存在した南部白人の人種差別的で威圧的な考え方や、独特の話し方や独特の文化的慣行に示される南部黒人の気質や、南部の性的奔放さ、南部の田舎っぽく牧歌的な風土や、犯罪が多発する無法状態の南部や、南部の都市の洗練、といった概念が含まれている。」(筆者訳)

 このように、ミラーが上記の記述をした1990年代半ばの時点では、「ダーティ・サウス」という言葉の概念は非常に曖昧なものであった。しかし、その多面的な概念に含まれる「独特の話し方」「性的奔放さ」「南部の田舎で牧歌的な風土」「犯罪」という4つの特徴は、1990年代末に隆起した「ダーティ・サウス」を分析するにあたって、軸となるものである。音楽としての「ダーティ・サウス」というジャンルが全米に広まり、スタイルを確立していくのは1990年代末以降であるが、1990年代半ばには少なくとも基本的な土台は確立されていたと考えることができる。

「ダーティ・サウス」の全般的特徴

「ダーティ・サウス」は、1990年代末にヒューストン、アトランタ、ニューオリンズ、マイアミの4地域を拠点として隆盛となり、各地域、独特のスタイルを発展させていく。まず、本項目では「ダーティ・サウス」全体の共通点を解説していきたい

1. 歌詞に関して

 「ダーティ・サウス」の歌詞の特徴は、1995年頃の「ダーティ・サウス」創成期の概念(マット・ミラー説)に含まれていた「独特の話し方と言葉」「性的奔放さ」「南部の田舎で牧歌的な風土」「犯罪、不道徳」の4つに根差している。

 まず第一に、「ダーティ・サウス」では、ヒップホップ・ミュージック独特の話し方、歌い方がみられると同時に、地域によって独特の発音や、独特の言い回しがある。また各地域にはその土地のスラングが多数存在し、特にドラッグに関するスラングが多い。これは、換言すればミラーによる「ダーティ・サウス」創成期の概念で述べられた「独特の話し方」の具体例といえる。

 性的な歌詞が多いのが「ダーティ・サウス」の2つ目の特徴である。ソウル・ミュージックやR&B系ラブソングと違い、不特定多数の女性と関係を持つことをうかがわせるようなみだらなものや、女性蔑視ともとれるような過激な歌詞が多いのも特徴である。これはミラーの述べる「性的奔放さ」に相当すると考えられる。

 アメリカ南部にはニューヨークなどの大都会と比べると、人口が密集した地域が少なく、比較的広い道路がある。いわゆる田舎であり、自家用車での移動があたりまえの社会である。特に黒人の間では、80年代のキャデラックやシボレーなどのヴィンテージ・カーを派手にカスタマイズして走らせる自動車文化が発展した。これに伴い「ダーティ・サウス」の曲では、自動車に関わる歌詞やカスタム・パーツを指すスラングも多く登場するようになった。これが3つ目の特徴である。これは南部の地理的特性に合ったもので、ミラーの述べる「南部の田舎で牧歌的な風土」と呼応すると考えられる。

 アメリカ南部はアメリカ全土の中でも特に麻薬密輸に関する犯罪が多く、治安が悪い地域である。そのこともあり、拳銃に関する歌詞や、ドラッグの売買などの犯罪行為や自分の気に入ったドラッグなどについて歌った過激な歌詞が多く存在する。これが4つ目の特徴である。またラッパー自身や仲間も犯罪行為を行い、トラブルに巻き込まれたり、ドラッグの過剰摂取などで命を落とすことがあるので、亡くなった人へ捧げる曲も多く存在する。これらの特徴はミラーが「ダーティ・サウス」創成期の概念で述べた「犯罪が多く無法状態の南部」ということと一致する。

2. トラックに関して

「トラック」とは、序論でも述べたとおり、楽曲のうち歌唱を伴う部分を除いた演奏だけの部分を指す。ヒップホップ・ミュージックではこのトラックを先に制作し、後で韻を踏みリズミカルに語るラップの部分を「乗せる」のが一般的である。

「ダーティ・サウス」のトラックには、従来にヒップホップの典型的なであったサンプリングによる作曲が非常に少ないという特徴がある。「ダーティ・サウス」の楽曲は基本的にアップテンポな楽曲が多く、トラックに音楽的な質を求めるというよりも、いわゆる「ノリ」を重要視する傾向がある。そのため、リズムやメロディが単調で、音楽的に複雑ではなく、シンセサイザーなどのデジタル楽器で作曲されたものが多い。

3. ミュージック・ビデオに関して

「ダーティ・サウス」のミュージック・ビデオに共通する特徴は、歌詞と同様に「自動車」と「女性」に関わる表象が非常に多く登場するということである。また「自動車」と「女性」はミュージック・ビデオでは同時に登場することが非常に多い。派手にカスタマイズされたヴィンテージ・カーや高級外車が、何台も連なることも多い。女性に関しては、典型的には、水着や下着を身にまとっただけの露出度の高いセクシーな格好の女性が何人も登場する。また多くの場合、それらの女性はすべて、そのミュージック・ビデオの主役であるラッパーの「もの」(女)であるかのように演出されている。    

「車」・「女性」以外では、犯罪シーンがよく登場するということがいえる。歌詞と同様に映像でも犯罪行為をテーマにしたものや、麻薬取引やギャングの抗争などの犯罪シーンが登場したり、またそれらに関わる「闇のお金」と思われる大量の100ドル札の札束などもよく登場する。

ここまでは、「ダーティ・サウス」全般に共通する特徴を述べた。次の項目では全米で大ヒットし、アメリカ南部のヒップホップの歴史の中で特筆すべき事柄となった「クランク」について述べる。

クランクとは

 「クランク」は、もともとは「ダーティ・サウス」と同様に、音楽を指す言葉ではなく、「酩酊した、ラリッた、いかれた、ハイになった」という意味の俗語である。(スペースアルク英辞郎 on the Webより)その言葉を全米に広め、アトランタ・ヒップホップのサブジャンルである「クランク」を確立し、全米で大ヒットさせたのはラップ・グループLil Jon & The East SideBoyzの中心人物で、ラッパー兼プロデューサのLil Jonである。USA TODAY誌のスティーブン・ジョーンズによる記事 “Get Crunk” でLil Jonは、「クランク」について以下のように述べている。

“Crunk is a word that had been used in the South forever,” Lil' Jon says. “We were the first ones to use it in a hook and tell people to ‘get crunk.’  We started calling ourselves a crunk group, so we kind of paved the way.”(“Get Crunk” USA TODAY  July 25 , 2003 )

「『クランク』は長い間、南部で使われてきた言葉である。」とLil Jonはいう。「われわれが、はじめてその言葉を楽曲中で使用し、『クランクしようぜ』と皆煽った。こうして、われわれは、自分たちを『クランク・グループ』と呼びはじめたんだ。われわれが道を切り開いたんだよ。」(筆者訳)

このようにLil Jon自身も、「クランク」というジャンルを確立したのは、自分たちであると自負している。

1.クランク・ミュージックの特徴

「クランク」の特徴は、トラックのテンポがよくリズミカルであることである。Lil Jonは主にローランド社のTR-808という1980年に発売されたヴィンテージ・ドラム・マシーンによってドラムパートを作曲し、そのリズムを作りだしていた。そのパートの上にシンセサイザーで作ったシンプルなク」メロディとベースラインを乗せ、それをループ(繰り返し)させた、単純な作りが「クランのトラックである。そのシンプルなトラックと同時進行でシャウト(叫び声)や “What?” “Yeah!” “Okay!”などの決まり文句を曲の導入部分に入れることが多い。また、繰り返し(いわゆるサビ)の部分で「コール・アンド・レスポンス」形式で、大声で叫びあうのも特徴である。

2.クランクの大流行と衰退

 Lil JonはLil Jon & The East SideBoyzとして1997年にアルバムGet Crunk, Who U Wit: Da Albumでデビューした。その後も2000年、2001年とアルバムをリリースするが、大ヒットにはいたらなかった。2002年にリリースされたアルバムKing of Crunkも、発売当初の売り上げは前のアルバムとさほど変わりなかった。しかし2003年に同アルバムからシングルカットされた “Get Low” が徐々にビルボード・シングルチャートで順位を上げ、最高で2位を記録すると、それに伴い、“Get Low” 収録のアルバムKing of Crunkもビルボード・アルバムチャートで最高で14位を記録した。また、同時期にLil Jonがプロデュースし、ボーカリストとして参加したYoung BloodZの “Damn!” もビルボード・シングルチャートで最高4位を記録し、「クランク」スタイルとLil Jonの名が全米に知れ渡ることとなった。

 この一連の動きを受けて、Lil Jonの元にはニューヨーク出身のヒップホップ・アーティストやR&Bシンガーなど、地域やジャンルの隔たりを超えて、様々なアーティストからプロデュースやリミックスの依頼が殺到し、2003年から2004年頃にかけてのビルボード・チャートには彼が手がけた楽曲があふれていた。中でもよく知られるのは、2004年に人気R&BシンガーのUsherと共演した “Yeah” である。この曲は、全米1位を記録し、年間チャートでも1位を記録した。また同曲はグラミー賞のBest Rap/Sung Collaborationを受賞し、Record of the Yearにもノミネートされた。

 このように2000年代前半から半ばにかけて、Lil Jonが生み出した「クランク」は全米で大流行し、「ダーティ・サウス」の中で最もよく知られるスタイルとなったのである。しかし、似たような曲調と「コール・アンド・レスポンス」形式の単純さゆえに新鮮さを生み出し続けることができず、人気は低迷し、2000年代後半にはブームは去ることとなった。


【Goodie Mob - Dirty South】 


【Lil Jon & The East Side Boyz - Get Crunk】 



【参考文献】
Jones, Steve. “Get Crunk.” The Usa Today. July 25, 2003. [http://usatoday30.usatoday.com/life/music/2003-07-24-crunk_x.htm]
Miller, Matt. “Dirty Decade: Rap Music and the U.S. South, 1997-2007.” Southern
Spaces. June 10, 2008. [http://www.southernspaces.org/2008/dirty-decade-rap-music-and-us-south-1997%E2%80%932007]
赤尾千波著「第48章ダーティ・サウス」大類久恵他編著『新時代アメリカ社会を知るための60章』明石書店、2013年、215~219頁